太平洋戦争は勝てる戦争だった
山口九郎右衛門『太平洋戦争は勝てる戦争だった』(草思社)を読みました。
大半の内容は、旧軍の航空行政を批判し再考する──著者の言では「リモデル」する本。タイトルから想像するような、ひどいトンデモ本──「日本は悪くない」「運が悪かった」「一部の非国民・売国奴のせいで負けた」的な──ではありません(笑)。まあ、そういう要素も皆無ではないけど。
と言う様に、“意外と”まともな内容。この手の本(?)は、小説にしろ歴史分析(と著者らが称するもの)にしろ読んだことないけどね。『皇国の守護者』や、烈風(零戦の後継機)が間に合っていたら……的な飛行機本にしろ。
なぜ買ってまで読んだかというと、二式戦闘機「鍾馗」(陸軍機)の潜在性能を大いに評価し、興味深いリモデルを行っているから(出先の、ヨーカドー内の本屋で手に取った)。表紙絵のとおり──Ta152Hよりも繊細な平面形だね──、著者による(潜在性能)最高評価機は三式戦闘機「飛燕」(陸軍機)なんですけどね(笑)。
昭和六年生まれの著者も、単なる飛行機好き素人ではないようです。戦前からグライダーを操縦し、戦後は昭和石油に入社し(ここが独自視点のポイント?担当職務は分からんけど)、半独学ながら(?)航空技術(レシプロ機まで?)・生産工学などを長らく研究しているようだし。
著者のifは、一つ一つは不可能事ではありません。しかし、あまりに大幅かつ多岐に渡りすぎて、それらが半分すら出来ていたら最早“戦前昭和日本”ではないでしょう。
それらのifは、大まかには下記のとおり。「大義がなくても」勝てる──もしくは(日中戦争に遡って)戦わずして負けない戦争であったと。
●人造石油技術の実用化
ドイツは、石炭を液化し石油化していたそうな。早い時期(1930年前後)から独自開発で実用化するか──1932年に虚偽の実用化成功は報告されていたそうだが──、開戦間際に差し迫ってからでもドイツからライセンス取得とけと(史実的にも、そう主張されたそうな)。
そうすれば高オクタン価のガソリンが使え、エンジンが──戦闘機が設計性能を発揮できていたと。そもそも、アメリカによる石油禁輸が意味をなさなかったと。
●陸海から独立させた「空軍」の設立(イギリス・ドイツのごとき)
航空兵力の陸海分立行政により、戦闘機開発・運用に大きな無駄が生じたと。やはり実際に統合の主張があったが、主に海軍側によって潰されたと。
まあ日米は、英独とは事情が違いそうですけどねぇ。航空母艦の“大規模運用”をしていたのは、当時は日米だけでしょうから。日本は空母運用が不可能になってからは、統合すべきだったんでしょうけど。
●戦闘機開発の大幅整理および有望機種の段階的性能向上(やはりイギリス・ドイツのごとき)
日米は空軍統合がされず、やはり同様に試作機発注が乱発されていた。しかし日米では、物量・国力のバックボーンが違うと。性能向上の余地がある有望機種を絞り込み、基本設計の長所を殺さない──零戦などの主翼を切り詰めても重戦闘機にはならない──段階的性能向上(基本的には、高出力エンジンへの変更)と、性能向上の限界を睨んだ無駄のない新規開発をすべきであったと。
●「科学的管理法」を採用した「少品種大量生産」の励行(部品・規格などの共通化を含む)
「科学的管理法」は、アメリカのそれ──古き名も無き無数の生産改良者たちを「ヤンキー」と褒め称えている──を学んだ呉海軍工廠・一部の航空機メーカーは行っていた。しかし航空機およびエンジンの種類が、いかんせん「多品種」生産であり過ぎた。機種・エンジンを絞り込み、一工場につき一機種/一エンジンとして製造すべきであったと。
あと熟練工が無思慮に徴兵され、さらに生産性・品質が低下していったと。
●政略的な航空機の大増産
1938年に航空機増産の大号令を発したルーズベルト大統領に比べて、日本は対アメリカ開戦後一年間すら増産が低調であったと。緒戦の勝利に浮かれて……。
最も興味が有るのは、やはり鍾馗のリモデル。次いで、その他の絞り込み機種選定およびリモデル。
鍾馗はリモデルを続け、最後までB-29迎撃の主力とすべきであったと。四式戦闘機「疾風」へと引き継がせず。まずは機首カウリング(エンジン覆い)を、Fw190A(ドイツ戦闘機)の手法に倣って絞り込む(→空力性能の向上)。薄翼を層流翼に変更し、搭載燃料を増量する(→行動半径/時間の増加。防弾処置余地の増大)。そして、「誉」へのエンジン変更。そのようにしてB-17~B-29を太平洋上で一定割合(来襲ごとに30%)こつこつと落とし続けたら、重爆撃機一機につき10名以上も必要な搭乗員の損耗により、流れが変わり本土空襲は無かったのではないかと。
そして飛燕。最大の評価点は、「リモデルに対応する可動主翼」構造。構造的に、リモデル時に主翼取り付け位置を容易に前後移動できる──エンジン変更による重心移動に対応できる機体設計だったんだそうな。あと円満な飛行性能──速度一本やりでも旋回性能一本やりでもない──を発揮したであろう、高レヴェルの万能性を備えた機体設計。史実では水冷V型12気筒エンジン(ダイムラーベンツ製のコピー)が、誉(空冷星型複列14気筒)以上の絶不調に泣いたそうですけど。水冷エンジンが不調でなかったとしても、(以下、すべて空冷星型エンジンで)金星→誉→ハ43へと段階的に高出力エンジンへとリ変更してゆくべきであったと。史実では、やっと昭和20年になってから金星エンジンに換装され、五式戦闘機(愛称なし?)として制式採用されたのですけど……。
他機種では、一式戦闘機「隼」(陸軍機)および零戦(海軍機)のみがリモデルの対象として選ばれています(爆撃機・艦攻・艦爆など、純戦闘機以外は除いて。それらも、機種絞り込み・リモデルが試考されています)。しかし、隼に金星/零戦に誉が積めたかしらねぇ……(エンジンと機体が、中島と三菱の互い違いだ!)。
鍾馗や飛燕のリモデルにしても、お化けエンジンを積んだコルセアF2G(アメリカ海軍機)みたいな期待はずれにならなかったかしらねぇ。スピットファイア(イギリス戦闘機)やBf109(ドイツ戦闘機)のような、初期型から二倍以上の高出力エンジンへとリモデルされていった機体と違って……。
# 個人的には層流翼の鍾馗は、(三面図が起こされていて)正面形も平面形もカッコ悪いと思うぞ(笑)。誉エンジン搭載による長っ鼻──細長い機首は兎も角。
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