2017年10月29日 (日)

アンドレイ・タルコフスキー『ノスタルジア』

 イタリア/ソヴェト映画『ノスタルジア』(1983年)を観ました。BSプレミアムでやっていたので。前に紹介したアンドレイ・タルコフスキー監督の映画です。

 映像は、ひたすら美しい。内容は、ひたすら難解だけど(笑)。
 遺作たる『サクリファイス』より(現在シークエンスは)理解できるけど、やはり(?)ストーリーは有って無きが如し(と感じる)。タイトルの意味するところが分からず、ノスタルジアを象徴すると思しい白黒シーン(の大半)は意味不明。それらの現在シークエンスに登場しない数人が、夢か現か誰かも分からず……。

 ボローニャ近く(?)の、ひなびた温泉地(湯治場)。そこを、美しいイタリア女性と詩人のロシア男性が訪れた。近くに、『出産の聖母』なるフレスコ画(?)が有名な教会もある。
 イタリア好きらしい、詩人。今回、18世紀終わりにボローニャに留学したロシア音楽家の伝記を書くために来たらしい。温泉も、音楽家ゆかりの地であると。イタリア語を話せるロシア詩人だが、通訳も兼ね同行したイタリア美女。詩人とは、モスコーで知り合ったと思しい。彼女は気が有るようだが、妻子持ちの詩人は手を出してないらしい。
 温泉地には、周囲から狂人あつかいされる初老(?)男性が居た。独り愛犬と、荒れ果てた家に住む彼。かつて7年間も妻子を家に閉じ込め、解放後は二人に出て行かれたらしい。その行為は本人曰く、世界の終わりから家族“だけ”を救おうとした為らしく……。
 詩人は興味を引かれ、初老男性に話を聞く。かつて自分はエゴイストだった悔い、家族のみならず世界を救わねばならないと言う彼。そうするには、灯したロウソクを持ち水の上──(屋外プールの如き)近所の温泉を歩くだけで良いと。だが彼がしようとすると、湯治客らに止められてしまう。だから代わりにと、詩人にロウソクを託し──。

 「表現されない感情は/忘れられたりしない」。引用か創作か、詩人が劇中で詠んだフレーズが印象的でした。

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2017年9月 3日 (日)

森達也『FAKE<ディレクターズ・カット版>』

 日本映画『FAKE<ディレクターズ・カット版>』(2016年)を観ました。録画BDを知人にお借りして。
 前に紹介した映像ドキュメンタリー作家ですが、映像作品は初めて観ました(笑)。

 作品本編2h8mに加え、番組(日本映画専門チャンネル)案内人であるTVアナウンサー軽部真一さんと監督の対談33mを前後に配置。それも──特に軽部さんがインタヴュアーであることにより、とても興味ぶかい。
 佐村河内夫妻への(ほとんど自宅内での)密着撮影は、ゴーストライター騒動発覚後半年ぐらい(2014年夏?)から始めたそう。それから(特に終盤は?)断続的に、2年近く撮影を続けたらしい。
 <ディレクターズ・カット版>の顕著な差異は、全カットした全盲の青年女性の来訪──(15年来の知己で)自覚的に出演したシーンの復活だそうな。公開時は未成年で、本人OKだけど監督が配慮したと言う。
 監督も自覚的であろう、不作為──偶然を作為に変える演出。顕著な例は、マイク電源を入れ忘れた映像の印象的なインサート。やはり自覚的であろう弱ってる人の懐に飛び込む魅力(?)と相まって、とんでもない悪人にも成り得るんじゃないかと震える(笑)。

 公開時に口外するなと煽られたらしい最後12分は、なるほどの内容。ですが当該シーンで表されるクオリティ(?)を、わたしは判断できません。好きとは言えないけど、良くないとも判ぜられず……(笑)。
 夫妻の恨み言を、最小限に抑えたらしい編集。夫──佐村河内守さんはメディア・スクラムを、だまされた「メディアの復讐」と表現。自身が揶揄されるTV番組を、無言で(ため息を飲み込み?)観る夫妻が雄弁であるような無いような……。
 密着ゆえ撮られた、佐村河内さんへの他者による取材など。フジテレビ系の取材&大晦日特番出演依頼と、アメリカのオピニオン誌による取材。後者は日本語&手話の二重の通訳を介しつつ、アメリカらしい(?)核心を突く理詰めの質問。曰く新垣さんが作曲できる証拠は複数あるが、それを佐村河内さんは明らかにしていないと。提示した綿密な指示書だけでは不充分で、演奏または演奏した音源を示すべきであると。
 本作の正式な取材依頼を断った、新垣さん及び本件をゴーストとスクープした神山典士さん(ノンフィクション作家)。事務所が断った前者は兎も角、後者は酷いねぇ。だから嘘ついてるって訳じゃなく、森達也さんに“人間として”勝てないと逃げたに等しい。ジャーナリズムの人間で、巨悪とまでは言い難い佐村河内さんを社会的に抹殺したにも関わらず……。

 本編後の対談で、(善悪)二元論へのアンチテーゼである旨を述べる監督。以前から一貫した動機と思しいけど、曰く半分は後付とも。加えて、自身──ドキュメンタリーこそフェイクであると半ば韜晦(自虐?)しつつ……。
 そして軽部さん。騒動発覚1年前から、佐村河内さんと(仕事を通じて知り合い)個人的に交流していたのだと。騒動発覚直後に連絡が取れなくなり、佐村河内さんは存在しなかった──単純にゴースト云々ではないレヴェルで虚像だったのかと悩んだらしい軽部さん。でも本作を観て、やはり佐村河内さんは存在したんだと思ったそうで……。

# アイキャッチな飼い猫。あお向けでの腹見せが堪らない!(笑)
# 軽部さんについては、いままで(風貌を除いて)ほとんど知らず興味も有りませんでした。でも本対談を観て、信頼できる人だなーと思いました。同じく映画に詳しそうな同僚アナウンサー、笠井信輔さんより遥かに(笑)。

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2017年8月27日 (日)

サム・ペキンパー『ダンディー少佐』

 アメリカ映画『ダンディー少佐』(1964年)136分エクステンディッド・エディションを観ました。BSプレミアムでやっていたので。前に紹介しているサム・ペキンパー監督の映画です。

 やはり(?)、同監督『ワイルドバンチ』『砂漠の流れ者』に比べて劣るかなあ。
 (アメリカン・)インディアン描写は、粗筋ほど不快じゃありません。内容がと言うより、出番そのものが思ったより少なかったので(笑)。

 1864年。南北戦争末期ニューメキシコ州。ある牧場の民間人および北軍の中隊が、アパッチ族に惨殺された。ラッパ手1名のみ生還し、幼い男子たちは誘拐されて。下手人は、一帯で広範囲に暴れ回る50人弱。彼らに、何度も煮え湯を飲まされていた。
 主役は、近くの(南軍捕虜や犯罪者や北軍脱走兵などの)収容所長として左遷されてきた北軍ダンディ大佐(チャールトン・ヘストン)。戦いと出世を欲する彼は、討伐隊への志願者を募る。収容任務に不都合が出ないよう、北軍兵の数は抑え被収容員たちにも呼びかけて。
 討伐隊の中には、南軍捕虜20名ほども入れられた。志願と言うより、将校への生きるか死ぬかの脅迫を以って。その将校──南軍大尉(リチャード・ハリス)は、かつて大佐の部下であり友人でもあった。北軍で同僚と決闘して殺害し、北軍を追われ南軍に寝返ったのだ。討伐隊では大佐に次ぐ中尉待遇とし、討伐後の恩赦釈放を条件にして。
 収容所を次席将校(?)に任せ、追撃に出る少佐が率いる討伐隊。国境を越え、メキシコに侵入。なかなか下手人たちを捕捉できず、加えて駐留フランス軍(槍騎兵!)にも追われる破目になり……。

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2017年7月30日 (日)

岡本喜八『ジャズ大名』

 日本映画『ジャズ大名』(1986年)を観ました。BSプレミアムでやっていたので。前に紹介している岡本喜八さん監督の映画です。

 原作は、筒井康隆さんの中編小説だそう。岡本喜八さん好きですが、ちょっと本作は。退屈はせず、実験/メタ的なのもダメじゃないけど……。
 タイトルから想像するような(?)、楽しかったり単純に痛快な映画ではありません。ユーモア中さじ・シリアス小さじ・ナンセンス中さじを配合するも、混ざらず分離したままと言うか……(笑)。

 ジャズ黎明期(?)のアメリカ。奴隷解放が宣言されたが、南部(?)黒人奴隷の立場は変わらなかった。それぞれ、トロンボーン・トランペット・クラリネット・小太鼓(?)を持つ黒人男性4人。彼らは自由を求め、祖先の地アフリカへの帰還を目指す。だが騙され、反対の太平洋を渡る船に乗せられてしまう。8ヶ月後、船内でクラリネット奏者が病死してしまって……。
 さらに4ヶ月後。大政奉還直後の日本。駿府分家(?)の庵原藩に、黒人3人が漂着する。嵐に遭い、命からがらボートで逃げ延びたのだ。楽器4つと共に。駿府からは、3人を始末せよとの沙汰。だが好奇心の強い藩主(古谷一行)は、彼らを地下牢に匿う。
 元々小さいが、幕末の混乱で尚更に逼迫する庵原藩。でも藩主と妹たち(奥方は江戸屋敷)は、達観したかの如く動ぜず。民草は困窮し、一家心中など絶えないのだが……。そんな中、若い藩士(本田博太郎)が拙いイギリス語で黒人3人の世話──交流をはかる。
 体調が復し、ジャズっぽい演奏をして見せる3人。小太鼓は漂流時に革が破れたので、大中小の桶を箸で叩いて(笑)。それを上で漏れ聞き、我慢できなくなった藩主。地下牢に降り、奏者を亡くしたクラリネットを貰い受ける。篳篥(ひちりき)を常々吹いていたので、自ら吹こうと。
 セッションする4人に加え、城の者も和楽器などで続々と合流。藩の立地上、官軍と幕府軍が激しく往来する城内。われ関せずと、藩主を筆頭に地下で演奏し狂い……。

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2017年7月23日 (日)

J・J・エイブラムス『スター・トレック イントゥ・ダークネス』

 アメリカ映画『スター・トレック イントゥ・ダークネス』(2013年)を観ました。BSプレミアムでやっていたので。前に紹介した映画の続編です。

 本作の敵、名前だけ聞き覚えが(笑)。
 惑星連邦の宇宙艦隊って、軍じゃないんですね。それが素敵。宇宙探査は、軍の従たる仕事と思ってました(笑)。
 クライマックスの復活&その為の空中アクションを除き、ほぼ素晴らしかった。折角ひねったストーリー展開だったのに、コア突入時点で分かっちゃうイージーさで……。

 宇宙歴2259年。カーク船長は、U.S.S.エンタープライズによる未開惑星の探査任務で逸脱。未発達文明(?)不干渉の規則を犯して、惑星の大規模火山災害を未然に防いでしまう。それをカークが隠蔽するも、副長スポックが事実を報告。カークは降格され、他船の副長へと転任。エンタープライズ船長には、パイク提督が復することに。
 時を同じくし、ロンドンの地下に在る「艦隊のデータ保管庫」で大きな爆破事件が発生。すぐに主犯が判明するも、事件後に(封鎖をして?)地球圏からワープした痕跡は見られない。サンフランシスコの宇宙艦隊本部は、艦長&副長らを緊急招集する。
 カーク“副長”も召集され、本部の対策会議に出席。その場の長たる(?)マーカス提督は、まだ遠くへと逃げていない主犯の追撃を指示。会議中、爆破事件そのものを訝るカーク。そもそも公開されてるデータの破壊が目的ではなく、艦長&副長を一ヶ所に集めるのが目的ではないかと推理。それを具申した直後、ビル外部から銃弾が雨あられと打ち込まれる。辛くも会議室(?)から逃れ、廊下からガンシップ(?)に応戦するカーク。機転を利かして、ガンシップを墜落に追い込む。その間際、操縦席から転送で消える主犯の顔を目撃。機体の大きさから、転送装置を詰めるはず無いのに……。
 ロンドンにも増して、質的にも甚大な人的被害。カークの大恩人パイク提督も、スポックの目の前で絶命。今度こそ高跳びした主犯の逃亡先が、連邦と敵対するクリンゴンの居住不可能惑星と判明。カークはマーカス提督に、自分を艦長に戻しての追撃任務を懇願。クリンゴンを刺激しないよう、艦隊ではなくエンタープライズ単艦での。提督は応じ、「データ保管庫」の正体を明かす。実態は偽装した極秘支部で、特殊な技術開発を行う部隊であったと。今回の主犯は、その一員であると。そこで開発した新魚雷を授け、提督はカークに主犯の抹殺を命ずる。
 主用クルーをほぼ元のまま、地球圏から飛び立つエンタープライズ。だが機関長(?)スコッティが、出発直前に降船。得体の知れない新魚雷が、ワープ・コアに及ぼしかねない悪影響を強く懸念。ゆえに積載を反対し、カークに辞任を申し出て。入れ替わりじゃないが、新たに若い女性の科学士官が乗船。自分が居るから、不要な人事と不満を述べるスポック(笑)。
 主犯の抹殺命令を、超法規的だと反対するスポック。恩人パイクの死を想い、げんなりとするカーク。だがスポックの助力は欠かせないので──それだけではなく感化もされて?──、一存で任務を逮捕優先に切り替えるカーク。目的惑星──砕けた月が接触している?──近くで、かつて拿捕した小型民間船で飛び立つカークたち数人。しかし主犯しか居ないはずの惑星で、複数のクリンゴン歩兵輸送機(?)と遭遇。降伏し交渉を試みる最中、何者かが現われクリンゴン人たち全員をほぼ独りで一掃(カークたちも応戦した)。その者こそ主犯だったが、カークたちには無攻撃(と言うか守った)。カークから積んできた新魚雷の数を聞き出し、あっさりと投降。真の名前も明かして……。

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2017年6月25日 (日)

ジョセフ・コシンスキー『オブリビオン』

 アメリカ映画『オブリビオン』(2013年)を観ました。BSプレミアムでやっていたので。

 トム・クルーズ主演のSF映画。アイディアは良いと思うけど、いろいろと残念な。退屈しないけど、ワクワクもしない。

 2077年の地球。天空の月は砕け、その影響の自然災害および放射能で地球環境は激変していた。60年前に突如エイリアンが現われ、月を破壊し地球を攻撃。核兵器をも用いて地球人も応戦。辛うじてエイリアン主力(?)に勝つも、地球は生き残った全人類が住み得る環境ではなくなってしまった……。
 そんな地球上に、“たった2人”で黙々と任務をこなす男女が居た。任務に支障をきたすからと記憶を消され、大気圏外(?)の巨大「宇宙管制センター」から赴任して5年。彼らの任務は人類がタイタン(木星の衛星)に完全移住(?)するために必要な海水の採取プラントの監視と、そのプラントを警備するドローンの整備であった。エイリアンの残存兵力が地球に隠れており、ゲリラ的に(?)採水プラント及び警備ドローンを攻撃していたのだ。パートナーは通信担当士官で、高層タワーの先端──基地に籠もりきり。一方、主役は(主に?)飛行体での外回り。非“汚染地域”のパトロールと、故障し立ち往生した警備ドローンの修理など。
 残り任期2週間を切り、廃墟──半ば埋もれた“戦前”のタワーから怪電波が出ているのを発見する主役たち。それは宇宙へと発信され、内容は地表の特定座標を示していた。その廃墟タワーにて、展望台と備え付け双眼鏡に既視感を覚える主役。自分が産まれる前の、かつてのニューヨークの建造物。実際に知るはずの無い、夢の中の情景の一部であった。
 電波が示す地点へと向かう主役。すると上空に赤熱化した物体が現われ、座標地点に激突。到着し調べると、それはNASAの宇宙船であった。破損した船体近くに散らばる、無事と思しい数個の「デルタ睡眠」カプセル。船体内にも、カプセルが1個。その中で眠る女性は、主役が見知った顔であった。あの昔日のニューヨークの夢で何度も会った、現実には知らないはずの……。

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2017年6月11日 (日)

ジャン・ルノワール『ゲームの規則』

 フランス映画『ゲームの規則』(1939年)を観ました。BSプレミアムでやっていたので。

 あの画家ルノワールの息子である同監督。名前は知ってましたが、作品を初めて観ました。なるほど、名匠ですねぇ。芝居・画づくりともに見事で。
 途中までは、上流階級(および使用人たち)の薄っぺらい恋の駆け引きと言った印象。洒脱ながらも下世話な、恋愛コメディ演劇の如き。しかし終盤に入ってからは、から騒ぎの裏の含蓄が見えてきます。ドタバタ──宴の後。その場しのぎの嘘まみれでいて、なおかつ真実の愛と友情が鈍く光る……。

 第二次大戦が始まる1939年。上流階級の青年男子──ある飛行家が、23時間で大西洋を横断し最短記録(?)を更新した。彼は愛する女性──既婚の侯爵夫人に捧げるべく飛んだのだが、ゴールのパリの飛行場に彼女が現われず大層がっかりする。
 一方の侯爵夫人(オーストリア出身)。飛行家を愛していたが、夫たる侯爵も愛していた。一方の侯爵。妻を愛していたが、他の女性も愛していた。飛行家のみが、一途に一女性──侯爵夫人を愛していた。さながら、彼だけが変な如く。
 横断飛行から何ヶ月か後。侯爵は別荘地で、知人・友人らを招いての狩猟&パーティを催す。飛行家の件も有ってか、愛人と別れようと思う侯爵。だが侯爵の友人──夫人および飛行家の友人でもある──が、一計を案じ愛人と飛行家も別荘地に招こうと提案して……。

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2017年4月30日 (日)

ジョン・ランディス『ブルース・ブラザース2000』

 アメリカ映画『ブルース・ブラザース2000』(1998年)を観ました。BSプレミアムでやっていたので。前に紹介した映画の続編です。

 基本、前作と同じ内容ですね。ストーリーは、もちろん違う……おおむね同じだけど(笑)。
 不謹慎さ(?)は、時代の変化もあってか少し控えめ。ナンセンスも同様。それでも良くも悪くも、2001年9月より前の能天気さで……。

 「ザ・ブルース・ブラザーズ・バンド」の短い再結成から18年。「ブルース・ブラザース」の弟エルウッドが、“あの風貌”でイリノイ州の“民営”刑務所から出てきた。18年前とは逆の立場で、門の前で兄ジェイクの迎えを待つエルウッド。しかし、一昼夜が過ぎても来ない。どうやらジェイクは亡くなっていて、弟には知らされてなかったらしく……。
 代わりに迎えに来たのは、バンドの元ドラマーが経営する店のダンサー女性。兄弟が18年前に守った孤児院(?)は既に無く、職員だった老人男性も死去。院のシスターはマザーに昇格し、病院の施設で孤児の保護などに当たっていた。前と同じく彼女に叱りつけられたエルウッドは、後見人になるよう10歳の男児を押し付けられる。その気は互いに無いが、とりあえず行動を共にする二人。
 マザーから、職員だった男性の隠し子について聞いたエルウッド。実の父について知らされず、警察署長にまで成りあがった(?)その息子。バンドを再々結成するため、署長の職場を訪ねるエルウッド。バンドに加わるか、もしくは現金500ドルを貸してくれと。どちらも断り、彼を外に放り出す署長。待っていた男児は、署長にぶつかり財布(身分証入り)を盗む。現金のみ抜かれ、届けられた財布。金を借りた旨のメモをわざわざ入れたことにより、早速エルウッドは警察に追われることに……。
 18年前と同じく、バンド元メンバーを口説いて回るエルウッド。途中ロシア系ギャングと揉め、彼らにも追われることに。いいことも有り、元ドラマーの店のバーテンダーを兄の代わりにとスカウトしたエルウッド。再々結成したバンドは、前と同じくライヴをせんと旅立つが……。

 (本作から)登場した豪華ミュージシャンは、B.B.キング、エリック・クラプトン、スティーヴ・ウィンウッドぐらいしか分かりませんでした。名前ぐらいを知ってたのは、エリカ・バドゥ(「女王」役)とボ・ディドリーぐらい。当時大人気(?)だった前者は、それを偲ばせるフィーチャーぶり。ジェフ・バクスター──スティーリー・ダン結成メンバーなのね──は、そのギター演奏と風貌(笑)にしびれた……。

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2017年4月23日 (日)

ジョン・ランディス『ブルース・ブラザース』

 アメリカ映画『ブルース・ブラザース』(1980年)を観ました。BSプレミアムでやっていたので。

 音楽/ミュージカル映画の要素を持つ、ドタバタ喜劇ですね。アメリカらしくガンガン銃撃され──主役たちの非暴力(対人)は感心する──、チェイスで車を壊しまくる。
 『モンティ・パイソン』映画に比べると、スノッブ及び諧謔は少なめ。派手さは多め。ナンセンスちょっぴり。且つ美談。なので(?)、両者ともに一長一短かなー。志村けん・松本人志お二人のコントとも、あまり好きになれない私としては……(笑)。

 イリノイ州の刑務所から出てきた、短躯がっしり男性のジェイク。5年刑期を、3年仮釈放されたらしい。迎えに来た長身がっしり男性は、弟のエルウッド。二人とも黒いスーツ/タイ/中折れ帽&サングラスの出で立ちで、自身を「ブルース・ブラザース」と名乗る。
 エルウッドは兄を、自身らも居た孤児院(?)のシスターの元に連れて行く。前科持ちになった二人を、荒っぽく叱りつけるシスター。二人を気にかけつつ、いまも子どもらが居る院の窮状を語りだす。群に固定資産税5千ドルを請求され、期限が迫るも払えず立ち退かねばならない。教会の援助も得られず、どうにもならない現状。なんとかすると言う二人に、汚い手段(泥棒など)で得た金はダメだと拒絶するシスター。
 シスターの折檻から、這う這うの体で逃げ出す二人。職員の老人男性とは旧交を温め、有名牧師の説教を聴きに行けと薦められる。気乗りしないが、当ても無いので従う二人。件の有名牧師(ジェームズ・ブラウン)は巧みな話術で場を煽り、音楽と歌と踊りで盛り上げる。当初は無表情だったが、やがて聴衆に交じって踊り出す二人。そこでジェイクは、はたと天啓を得る(笑)。収監前に組んでいたバンド──「ブルース・ブラザース」の二人を中心とした──を再結成し、危機の孤児院の為に短期一攫千金しようと……。

# あのBGM──開始30分弱で初めて流れる──は、さほどは多用されませんね。もう一曲、よく耳にするBGMが有りましたが……。

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2017年4月16日 (日)

フランシス・フォード・コッポラ『ランブルフィッシュ』

 アメリカ映画『ランブルフィッシュ』(1983年)を観ました。BSプレミアムでやっていたので。
 前に紹介しているフランシス・フォード・コッポラ監督の映画です。ほとんど白黒で、ランブルフィッシュ──赤と青の「闘魚」のみカラーの。

 大したこと無さそうで、やっぱり(?)味が有ります。スタイリッシュさを想像しましたが──おおむね映像はそうだけど──、滑稽味も醸していて。幽体離脱シーンは、それが過ぎるけど(笑)。
 ミッキー・ロークは、線が細くてセクシー控えめ。ロッド・スチュワートみたいにスリム(笑)。デニス・ホッパーは、脇役ながらダメ親父で存在感。まだ額が広くないニコラス・ケイジ(笑)──コッポラの甥って知らなんだ──は、セクシーながらもパッとせず(役柄も有って)。トム・ウェイツは、渋くてカッコ良すぎ。ダイアン・レイン──と言えば往年のCFですが(笑)──は、スレンダーで可愛かった……。

 主役(マット・ディロン)は、街(ニューヨーク?)の不良高校生。いま街に居ない、「モーターサイクル・ボーイ」と呼ばれる4つ上の兄(ミッキー・ローク)を持つ。
 頭が良く、喧嘩が強い。カリスマ性も有り、街の不良たちを束ねていた兄。そのように振る舞えず万事グダグダで、兄に対し憧れと少しの嫉妬をいだく主役。敵グループ頭(?)との決闘中、やはりグダグダでピンチに陥る。そこに颯爽と現われ、弟を救う兄。
 しかし兄は、憑き物が落ちたように物静かになっていた。カリフォルニアに行き、でも海へは行かなかったと言う(伏線)。ペット店に通う兄は、静かにランブルフィッシュ──闘魚を眺め続けて……。

# ローソン・レプリカが泣かせる。でも「ランブルフィッシュ」と言えば、田中吾希人さんのニンジャだよね(笑)。

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